行ったとことか備忘録

閲覧ありがとうございます。都内の散策から旅行で訪れた地方など、これまで行ったところにまつわるスクラップブック的なかんじです。

廃墟だらけの島、「池島」を歩く

長年憧れだった「軍艦島」こと端島の上陸ツアーに参加すべく、長崎への旅行を計画したのが2017年の10月のこと。

他にどこを観光しようかと調べている中で、「池島」の存在を知った。この島もかつて炭鉱で栄えていたけれど、最盛期には8000人近かった人口も今では160人ほどしかおらず、当時使われていた鉱山施設や住居の廃墟が島中に残されているという。「第二の軍艦島」「島の9割が廃墟」などなど心惹かれる文言が並ぶ紹介記事を読んで、すぐに旅程に組み込んだ。

 

10月10日から2泊3日の長崎旅行。1日目はのんびり島原を観光。2日目、期待に胸をふくらませ池島へ出発したのだった。

池島へは佐世保港・神浦港・瀬戸港のいづれかから出ているフェリーや高速船でアクセスすることができる。私が利用したのは瀬戸港9時10分発の池島行き、のはずだったのだけれど、港までのバスが遅延し予定の便を逃してしまった。次の便は3時間後。港の周りには国道沿いに民家が数軒とパチンコ店が1軒あるのみ、、、。

 

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あてもなく民家の近くをぶらぶらしていたところ、たまたま中から出てきた住民の方に声を掛けていただき、経緯を話すとご好意で家にあげてもらえた。60代くらいのご夫婦で、奥さんは感じが良くてお茶やお菓子まで出してくれた。とりとめのない会話の内容はほとんど忘れてしまったけれど、東京で働いている娘さんがわりに近所に住んでいるということが分かり驚いたのは覚えている。それから初対面にも関わらず、子供たちが使っていた部屋が空いているから、また長崎来ることがあったら泊まりにおいで、と言ってくれた。地元の方との交流は旅行の醍醐味だなあとしみじみ思う出来事だっだ。

 

親切なご夫婦のお宅を後にし、12時44分発のフェリー「かしま」で待ちに待った池島へ。乗船時間は約30分。見たところ、乗客は観光目的っぽい中高年のご夫婦が1組みと地元民らしきおっちゃんが1人。

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島内にはコミュニティバスがあり、船の到着に合わせて港の待合室近くに停車していた。フェリーで一緒だったご夫婦はバスに乗って回るみたいだった。もちろん私は歩いて散策する。

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こちらのアパートは現役。生活感があるものの、人通りは全くなかった。

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池島で最初に遭遇した火力発電所の廃墟。f:id:tekuteku47:20200504165223j:plain

 

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大きさといい錆具合といいかなりの迫力。あまりの衝撃にしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。

 

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かつて賑わっていたであろう商店街は見る影もない。この裏にはボウリング場・スナック・雀荘の跡地もあった。

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池島の廃墟群の中でも有名な8階建てアパート。

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他の廃住宅とは比べ物にならないくらい圧倒的な存在感。辺りの静けさも相まって異様な雰囲気を醸し出していた。

 

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 整然と立ち並ぶ廃アパート群。生い茂るつたで一部は緑の壁と化していた。

 

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石炭の移動(?)に使われた機械。ジブローダーというらしい。

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池島港はもともとあった「鏡が池」という池の土手を削ってつくられたそうで、「池島」という名前もそこからつけられたという。穏やかな水面が本当に鏡のようだった。

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約4時間の滞在時間はあっという間に過ぎ、後ろ髪を引かれる思いで池島を後にした。決してアクセスしやすい場所とは言えないけれど、池島は自由に散策できて、さまざまな廃墟を間近で見られるという何ごとにも代え難い体験のできる島だった。

いまは形を留めている夥しい数の廃墟群も、老朽化が進めばいつかは失われてしまうだろう。その前に再訪したいと、遠くなってゆく島を眺めながら思った。

 

知らなかった「海の京都」へ

去年の10月に京都にいる高校以来の友人を訪ねる機会があった。せっかく京都まで行くのだし、まだ行ったことのないところを見てきたいと思い調べているなかで、海沿いを走るローカル線「京都丹後鉄道」と海に面して建てられた独特な「伊根の舟屋」のことを知った。

今まで京都に対して海のイメージが全くなかったので俄然興味が湧き、若干詰め込み気味なスケジュールを立てて京都へ出発した。

 

時間と交通費の節約のため夜行バスで早朝に京都駅に到着。「本家 第一旭 たかばし本店」のラーメンでお腹を満たし、「伊根の舟屋」を見にいざ出発!

京都駅から「特急きのさき」で綾部駅まで行き、舞鶴線西舞鶴駅へ。西舞鶴駅からは今回の観光の目玉の1つ、「京都丹後鉄道」に乗り換えて天橋立駅へ向かう。

本当は福知山駅を経由して特急を使った方が目的地まで早く着けたのだけれど、ローカル線で海沿いを走るというのは時間に代え難い魅力があるのです(個人的に)。

 

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私が乗ったのは普通車両(2枚目)だったけれど、とにかく外見と内装がおしゃれ。かわいいくてテンションが上がってたわりには車内の写真をほんとんど撮っていなかった...。

 

西舞鶴駅を出てしばらくはのどかな田畑。朝からどんより曇っていたけれど、晴れ間が出てきた!

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「京都丹後鉄道」のハイライト、丹後神崎駅栗田駅の間に架かる「由良川橋梁」は海面から6mの高さで、抜群の眺望。それほど多くない乗客のほとんどが車窓からの眺めを写真に収めていた。

 

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天橋立駅に到着。最近改装したのか、モダンで洗練されたデザインの駅舎だった。「伊根の舟屋」もとい伊根町へは駅前から路線バス(丹後海陸交通)で1時間ほど。

 

かれこれ京都駅から4時間弱かけて来たものの、滞在時間が短いので足早に散策する。伊根町内には無料で自転車を貸出しているサイクルポートが点在していて、今回とにかく時間がなかったのでとてもありがたく利用させてもらった。

 

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海風になびく洗濯物、生活感があっていいなあ。

 

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船のガレージの上に住居を構えた独特な佇まいの「舟屋」。伊根地区独自の伝統的な建造物だそうで、伊根湾を囲むように現在も約230軒の舟屋が立ち並んでいるとのこと。

 

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おじいちゃんが干し柿を作っていた。和む。

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高台にある「道の駅 舟屋の里伊根」からの眺め。天気が味方し、舟屋群を一望できた。

古い町並みと独自の暮らしが穏やかに残る伊根町。時間がなくて駆け足になってしまったけれど、京都にはこんなところもあったんだと新鮮な感動を覚えた一日だった。

またいつか天気のいい日に訪れて、今度はのんびり歩いて、おいしいものを食べて、ぼんやり海を眺めたいなあと思う。

奥多摩の巨大工場と廃墟

大学時代、サークルで奥多摩へキャンプに行ったことがあった。その時は全く知らなかったのだけれど、最近になって奥多摩駅のすぐそばに「奥多摩工業氷川工場」という要塞のように巨大で、どことなく廃墟の趣がある工場があると知った。

ぐずぐずとした天気が続いていた梅雨の真っ只中、運良く休みの日に雨が止んでいたので青梅線に揺られて奥多摩へ向かった(2019年6月16日)。

 

約2時間かけて奥多摩駅到着。別件で朝から外出していて、着いた頃には空腹状態だったけれど、時間が惜しいので駅近くの個人商店で買った菓子パン片手に散策を始める。駅の裏にある町立氷川学校の方へ行ってみると、校舎の奥に工場が見えた。存在感がすごい!

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学校の敷地沿いに歩いて行き、校舎裏に見えていた工場を目指す。

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左は工場の敷地内へと続いているので、右の道を進んでいくと、、、

 

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かなりの至近距離!例によって人通りは全くなく、工場敷地内にも人影がなかったのでじっくり観賞することができた。

 

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このサビ具合、たまらない、、、!全体的に廃墟感が漂っているけれど、もちろん現役。ベルトコンベアのようなものがキュルキュルと動いている音がしていた。

 

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今度は駅前の道を通って日原川沿岸から工場を見に行くことに。

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学校裏からの眺めとはちがい、圧倒的なスケールで視界いっぱいに広がる灰色の壁はまさに要塞、、、!

 

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川からちょっと離れた日原街道からの眺めも圧巻!

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まさか都内にこんなかっこいい工場があったとは。始終感動しっぱなしの氷川工場見学だった。いつかここが本当の廃墟になったら、、、と思わずにはいられなかった。
 

 ついでに立ち寄り、鳩ノ巣

ユニーク(?)な駅名で以前から気になっていた青梅線の「鳩ノ巣駅」。

 調べてみたところ、どうやら駅の近くに廃墟の旅館があるらしく、せっかくなので行ってみることにした。

鳩ノ巣駅奥多摩駅の2つ隣。今思うと普通に電車を待てばよかったのに、なぜか張り切ってしまって青梅街道をひらすら1時間近く歩く、、、途中歩道がないところが結構あって、トンネル内なんかは走行する車に申し訳ないくらいスリリングだった。ただ、着いた時の達成感は一入だった。

 

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 鳩ノ巣には奥多摩町有数の絶景スポット「鳩ノ巣渓谷」があり、ウォーキングや川遊びなど観光の要になっているようだ。もちろん営業している旅館もあったけれど、ひっそりと廃業してしまった旅館がそのままに残されていた。

すぐ下に渓谷があり、紅葉のシーズンにはさぞかし美しい光景が見られただろう。かつて賑わっていたはずの、今は全く人気のない旅館に少しだけ思いを馳せながら奥多摩散策を終えた。

江川海岸

まだ”インスタ映え”という言葉がなかった頃、美容院の待ち時間に読んでいた雑誌(誌名失念)の中で江川海岸の写真を見た。他にどこの記事が載っていたかは思い出せないけれど、海の中に整然と並んでいる電柱だけは強く印象に残って、見てみたいと思った。

それからどれくらい経ったか、ふと「次の休みは江川海岸行こう」と思い立って出かけてみた(2018年3月17日)。

 

江川海岸の最寄りは内房線巌根駅らしいのだけれど、アクセスの良さから木更津駅経由で行くことにした。駅前から出ている「三井アウトレットパーク」行きバスで「江川」下車。海上自衛隊の施設に沿って道なりにひたすら歩いていく。

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人通りはなく、たまに車が通るくらい。次の日から潮干狩りが始まるそうで、きっとこの道も賑わうのだろう。看板の上にもうっすら「潮干狩」と書いてある。

 

バス停から10分以上歩いて、広大な干潟が見渡せる開けた場所に出た。江川海岸があるのは盤州(ばんず)干潟という東京湾最大級の干潟だそうだ。

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対岸に見える川崎工業地帯。あとで地図を確認してみたら、鶴見線で行った昭和駅のあたりのようだ。

 

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実際に電柱が並んでいる光景を目にし、感動してしばらく眺め続けていた。さすがに知名度が高いだけあって、写真を撮りに来ている人たちがちらほらがいた。

 

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昼間で潮も引き気味の江川海岸だったので、ネットでよく見るウユニ塩湖っぽい光景とは全然違っていたけれど、天気も良く静かで穏やかな干潟を眺めているのは気持ちがよかった。 また満潮の時期や夕暮れ時にも訪れてみたい。

”YMOプロパガンダ巡礼”―鶴見線「昭和駅」から根岸競馬場へ

  大学時代、YMOにドはまりして(現在進行形)、1983年の散開ライヴを再構築した映画『A Y.M.O. FILM PROPAGANDA』のロケ地である鶴見線昭和駅」と「根岸競馬場」を”プロパガンダ巡礼”と称して訪れた(2016年11月6日)。

 

昭和駅」の前にちょっと寄り道、「国道駅

せっかく鶴見線に乗るのだったら、廃墟感がすごいと名高い「国道駅」も見ておきたいと思い途中下車。改札へ下りていく階段がすでに雰囲気がある、、、。

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ホームを行き来するための歩道橋(?)からの眺め。午前中なのにこの薄暗さ。夜遅くに一人で歩くのは勇気がいりそうだ。

 

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居酒屋「国道下」。直球なネーミングと手書き感がたまらない。常連客に愛されていそうなお店だ。長く営業していて欲しい。

 

30年前と変わらぬ佇まい、「昭和駅

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昭和駅」到着。私以外にも数名下車していた。

 

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改札を出て駅舎を仰ぎ見る。30年前、映画の中と同じ光景にただただ感動。踏切脇の自販機の位置も同じままだった、、、!

 

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休日昼前の工業地帯、人通りはほとんどなく心ゆくまで堪能することができた。

電車の本数が少ないので、次の目的地へ向かうべく「浜川崎駅」まで歩いて戻ることに。

 

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あちこちに工場の大きなプラントがあり歩いていて飽きなかったが、あまり体に良くなさそうな独特な匂いがしていた。それにしても、工場というと夜景がメジャー(?)みたいだけれど、私は青空に映える昼間の工場の方が好きだ。

 

荘厳なる近代産業遺構、根岸競馬場

京浜東北根岸線根岸駅」から徒歩で根岸競馬場のある根岸森林公園へ。丘の上にあるため、かなりの坂を登っていかなければならなかったけれど、競馬場の一等観覧席が見えてきたところで疲労感は吹き飛んだ。圧巻、、、!

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存在感のあるエレベーター塔。顔のようにも見える独特なデザイン。

 

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幕末の頃、横浜の居留外国人向けの娯楽施設として建てられたという根岸競馬場。日本初の西洋式競馬場だそうだ。戦時中は丘の上という立地の良さから旧日本海軍が通信施設として利用、戦後は米軍に接収され、1969年になって日本に返還されたという。

 

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観覧席側は米軍施設が隣接しているため見ることができない。

 

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毛細血管のように建物をツタが覆っていた。入口や窓は全て塞がれている。 

 

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すでに二等観覧席とパドックは老朽化で解体されてしまっていて、現存する一等観覧席も立ち入り禁止のフェンスに囲まれているものの、修復などの予定は未定のままらしい。いつ見られなくなるかもわからない。

 

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休日だったため、この巨大な廃墟の傍らで多くの子供たちが走り回って遊んでいた。そんな少し異質な光景を眺めながら、根岸競馬場のシーンを脳内再生しひとり感慨に浸りつつ、ささやかな”巡礼”を終えたのだった。

虎ノ門5丁目

数日前、テレビで森ビルが虎ノ門・麻布台地区を再開発し、日本一高いビルを建てるというニュースをやっていた。

去年の2月頃、ゴーストタウン化している虎ノ門5丁目を見に行っていたので、「とうとう始まるのか~」と部外者ながら少ししんみりとしてそのニュースを聞いた。新しい街へと姿を変える虎ノ門5丁目を偲んで(?)、以前訪れた時に撮った写真を見返してみた。

 

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2018年2月13日15時頃訪問。

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私が散策している間、人通りはほとんどなかった。

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がら空きとなった立派なマンション、フェンスで囲われたアパート、ネットのようなもので丸々覆われた一軒家、、、あの六本木からごく近い場所にこんな対照的な場所があったのだと少なからず衝撃を受けた。

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眼下の住人なき住宅街と背後に聳え立つ高層ビル群の対比。日が陰ってきているせいもあり、一層哀愁が漂っていた。4年後、この一帯は小綺麗な街並みに生まれ変わるのだという。その時はまた「そういえば、再開発始まる前にあのへん見に行ったな」と思い出しそうだ。