夏の南房総を歩く―千倉の海、館山の空
あんなに疎ましかった暑さも、真冬には少し恋しくなる。
2021年の夏の長期休暇、またも旅行は断念せざるをえない状況でいてもたってもいられず、せめて日帰りでと南房総を訪れた。
8月20日。気持ちよく晴れ渡った絶好の小旅行日和。内房線にゆられてまず向かったのは館山駅。
なぜ館山なのか?理由は単純で「A Y.M.O FILM PROPAGANDA」の中で散開コンサートの舞台セットを(文字通り)炎上させたシーンの撮影地が館山の平砂浦海岸だからだ。昭和駅、根岸競馬場に次いでささやかな”巡礼”のつもりである。
駅前の観光案内所には超アナログかつ画期的(?)な宿泊施設情報が。あらゆるものがデジタル化されて疲れているわたしのような人間をほっこりとなごませてくれる。
館山駅前からバスに乗って「相の浜」で下車。歩いて平砂浦海岸を目指す。GoogleMapsによれば25分ほどで着けるはずだ。
時折車が行き来するものの、歩行者はゼロ。
沿道に慎ましやかに花が植えられているこの道路、「房総フラワーロード」と名づけられている。シンプルで素直なネーミングが良い。
川の先に海が見えてきた!
最高に夏を感じさせる光景。思わず迷い込みたくなる。
青い空に風になびく赤い旗のコントラストが目に焼きついた。
ロケ地である平砂浦海岸で38年前に想いを馳せる―というのがこの日の最大の目的だったにもかかわらず、海辺に出る道がわからなくてさんざん行ったり来たりしたあげくバスの時間が迫ってきてしまい、遠目に海を見ただけで終わってしまったのであった...。致命的な下調べ不足。
次の目的に向かうべくバス停へ急ぐ。
GoogleMapsは往々にして「本当にこの道で合ってるか...?」と不安にさせるルートを提示してくる。一方でハッとさせる景色に出会わせてくれることもあるからいい仕事をする。
バスの時刻は迫っていたけれど、突然目の前に広がった稲穂の海に思わず足をとめてしまった。
汗だくになりながらなんとかバス停「安房神戸」に到着。
向かいに建っていたお宅の外壁が花っぽくてかわいかった...!
さて館山の次に向かったのは千倉方面。
村上春樹読者の端くれとして、安西水丸さんの生まれ故郷を一度訪れてみたかった。
「安房白浜」で下車し、歩いて南房千倉大橋公園を目指す。最寄りまでバスに乗っていけば圧倒的に時間短縮になるけれど、知らない土地に来るとできる限り歩いて回りたくなる性分。
歩きはじめて間もなく凄まじい物件に遭遇。断面図みたく家の中が丸見えである...。何よりもすごいのは、一角が崩壊しているものの家自体は廃墟というわけではなく普通に住んでいるっぽいところ。
空色のそらまめ。農作物の直売所だったかな?
空の青さに負けない色味の屋根が目を引いた物件。
目的地はまだ先だけれど、浜辺へ降りられる階段を発見。素通りできるはずがない。
平砂浦海岸へは辿り着けなかったけれど、千倉の海が見られただけでも十分来た甲斐があった。そう思わせるほど美しい情景だった。
なんだこのため息が出るほどかわいい看板は...めちゃくちゃ泊まってみたい。
錆びたガードレールがいい味出してる。
日本一かわいい名前のバス停なんじゃないだろうか?
寄り道しながら約1時間半。暑さも相まってさすがにくたくたになりながら南房千倉大橋公園に到着。くじらが描かれた広場。
千倉大橋下の釣りスポット(たぶん)。ここの海風がとても気持ちよかった。
千倉大橋には安西水丸さんが描いたタイル絵があるそうで見事に見落としていた。致命的な下調べ不足(2回目)。
日も傾いてきたので、「七浦」からバスに乗って千倉駅へ。
こじんまりとした駅舎をイメージしていたけれど、予想に反してしっかり立派な佇まい。
ホームには地元民ぽいおばちゃんとわたしの2人だけ。
準備不足でぐだぐだになってしまったところもあるけれど、南房総の空と海の青さはほんの少し閉塞感のある日々を忘れさせてくれた。わたしにとって旅は自己療養のひとつで、だからこそやめられない。
寒空の下の迫り来るような身に沁みる雰囲気の海もたまらなくすきなので、今度は冬に訪れよう。ゆっくり温泉に入って一泊するのもいいかもしれない、そんなことを考えながらまた日常に戻っていくのだった。